奈良:日本一の山城 高取山に登る

先週の丹波の高城山(八上城址)に続き今週(9日)は奈良の壺阪山の日本一の山城、高取山に登りました。近鉄阿倍野駅から吉野行き急行で壺阪山駅で下車~石の道標~壺阪寺~五百羅漢~天守閣取付~高取天守閣址~上子島砂防公園~石の道標~近鉄壺阪山駅まで12km、4時間30分のコースを男女8名で歩きました。梅雨の中休みが続く中の曇天日、蒸し暑くて汗を沢山かいたが時折吹く風はさわやかで気持ちが良かった。久々の少人数の山歩きも落ち着いて歩けて良かった。
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近鉄壺阪山駅。初めて降り立つ駅でした。
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駅前から東に向かい国道169号線を渡り、次の角を案内に従って右折して昔の町並みが残る土佐街道を歩く。
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土佐町の名の由来。 (クリックして拡大して見てください)
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街道沿いに奈良産業大学がC・Gで作った高取城を再現した看板が有りました。
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奈良県を代表する清酒「金剛力」酒造店。地酒の無料試飲が有るようです。
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石の道標。「右 つぼさか・よしの道」。斜め前の高取児童公園でミーティングと体操をする。
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高取児童公園の入口の「松ノ門」は高取城の門を移設したようです。
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「松ノ門」の案内板。(クリックして拡大して見てください)
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しばらくどっしりとした家並みが続く街道を歩きます。「だらにすけ」など薬草の店も多い。やがて山道に入る。
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小さな木橋の手前にお不動さんの石像
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堰堤を過ぎて急な階段道を登ると壺坂寺のバス停に出る。時間が無いため拝観はしなかった。
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壺坂寺の堂・塔。左手には福祉施設もありました。
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壺坂寺の案内板。(クリックして拡大して見てください)
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大観音石像を見上げてしばらく車道を歩き、案内に従って山道に入る。
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山道を登ると「五百羅漢」があります。古いようで風化も進んでるみたい。
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「五百羅漢」。
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急な山道の「五百羅漢遊歩道」を登ると次々と岩に彫られた像が有りました。
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「五社大神」の立て札がある石像。
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山道の足元にも石像があります。土砂と落ち葉で埋まりかけています。
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急な道を登り小ピークを越すと平坦な道になり、右から通常ルートが合流してしばらく登ると「史蹟 高取城址」の石碑が有りました。
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さらに登ると車道に出る、そこに城の案内板が有りました。
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城の案内板。(クリックして拡大して見てください)
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城の案内板。歩いたルートを矢印で示す。(クリックして拡大して見てください)
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城の案内板。(クリックして拡大して見てください)
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登るにつれて城の石垣が現われてくる。高く大きくて崩れて無くてきれいです。
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大手門の石垣。
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奈良産業大学の復元図。
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木が茂っていても根っ子が石垣を崩していない。なぜだろう。
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「十三間多門跡」。
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本丸に近づいた感じがします。
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日本三大山城の案内板。美濃 岩村城(標高721mで全国で最も標高が高い。)大和 高取城(全国で最も比高差が446mと大きい。)備中 松山城(天守閣が現存する唯一の山城。)
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大きな杉の木と城壁。天守に近づいてきたようだが迷路のようで容易には近づけない。
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天守跡の高取山 三等三角点(583.6m)点名;高取。
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天守跡から本丸跡に戻り、展望と小鳥の啼き声と爽やかな風に吹かれて昼食をしました。標高583.8mの山とは思われないほど山深く感じました。
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昼食のあと城壁の間をたどり、宗泉寺コースに向かう。
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途中で寄り道して展望の良い「国見櫓跡」に着く。あいにく見通しはあまり良くないが、大和三山も見えました。
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見通しの良い時の案内板に追記しました。奈良盆地南部の様子が良くわかります。
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下山道に戻り下ります。途中にこんな花が、名前は判りません。
追記:ネットで丸実の山牛蒡(マルミノヤマゴボウ)と教えていただきました。秋には真っ赤になるようです
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「猿岩」。道の分岐にありました。
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「猿岩」の案内板。(クリックして拡大して見てください)
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「上子島沢砂防公園」で大休止。ホタルが居るようですが干天が続き水流が無く、水面に藻が発生して汚い。
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旧藩主の「植村邸 家老屋敷の長屋門」。ナマコ壁とまたちがうのか変わったデザインです。
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案内板。(クリックして拡大して見てください)
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往きにミーティングをした「高取児童公園」に戻り、ストレッチ体操をして解散。「金剛力」酒造店の自販機で缶ビールを買って、飲みながら壺阪山駅へ。天王寺で反省会をして帰りました。

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